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弁財天③ 八臂弁財天について | ペコ丸の古典芸能よもやま話

お久しぶりです。ペコ丸です。今回は、七福神としての天女像の他にも、様々な姿の弁財天像があることについて書いてみたいと思います。
なお、厳密には時代やお姿によって「弁才天」と「弁財天」の表記を使い分けるべきですが、このコラムでは「弁財天」の表記で統一しています。

インドで誕生した仏教が、朝鮮から日本に入ってきたのは、先のコラムでも伝えた通り、欽明天皇(在位は6世紀半ば頃)の時代でした。古墳時代にあたります。但し、一般に広まるのは、もう少し後の奈良時代になります。
日本で最も古いと言われる弁財天は、この奈良時代に建立された東大寺法華堂に安置されていた弁財天像になります。今回、僕は、この弁財天に会いに奈良県に行ってきました。

この写真は、東大寺をすぐ西側から眺めたものです。すごく大きな屋根ですね。緊急事態宣言もようやくあけ、東大寺までの広い敷地を散歩できたのは、嬉しかったです。さて、目的の弁財天は、現在は、東大寺ミュージアムにおられるとのことなので、東大寺ミュージアムに行きました。

東大寺ミュージアムの入り口です。チケット売り場では鹿が僕たちお客さんを待っていました。流石は奈良です。

入り口近くのベンチのそばにも鹿がいたので、ご挨拶をしています。残念ながら僕自身は館内には入れないので、僕が鹿に挨拶をしている間に、飼い主が弁財天に会いに行ってきてくれました。

日本で最古の姿をしていると言われている東大寺の弁財天像ですが、天女像に近い唐服姿でした。ですがよく見て下さい、なんと手が8本もあったのです!僕はびっくりです。

東大寺大仏殿

さて、せっかくここまで来たので、東大寺大仏殿にも行くことにしました。大仏殿は地面に足を付けなければ、僕たち犬でも参拝できるのです。ペットフレンドリーなお寺です。僕も飼い主に抱っこしてもらうことで一緒にお参りしてきました。

やはり、大仏様はすごい迫力です。座っておられても15mもある大仏様の傍には、やはり大きなとても強そうな立像の仏像が並んでいました。「多聞天」「廣目天」というお名前ですが、「弁財天」と同じく最後に「天」がつくので、同じ神様のグループに所属されておられるようです。とにかく、非常に怖い顔をしておられます。そしてポーズがきまっています。この神様たちが何をしているのか調べたところ、仏法を守護する神様達であることが分かりました。

そして、弁財天についても調べているうちに、弁財天にもかっこいい姿の弁財天がいることが分かりました。

弁才天坐像(宇賀弁才天) 滋賀県 竹生島・宝厳寺

実はこの弁財天は、長栄座の「むすひ」第3部公演の竹生島弁財天なのです。東大寺の弁財天と同じく8本の腕を持っていますが、東大寺の弁財天が手には何も持っておられないのに対し、こちらはそれぞれの手に何やら武器のような道具を持っておられます。8本の手に武器を持つ八臂姿となっている竹生島の弁財天は、仏の教えを守護するための戦闘神としての姿が強調されているようです。

さて、仏教を守護する戦闘神の弁財天は、手にどのような武器を持っているのかを調べてみました。弁財天の持ち物は、その像が造られた時代や彫刻師によって色々なバージョンがあるようですが、竹生島の弁財天の持ち物は、弓,箭,刀、さく(矛)、斧、長杵、鉄輪、羂索けんじゃくだそうです。(『金光明最勝王経』第七「大弁才天女品」より)
それぞれの武具は、以下のような力を持つと言われています。

  • 弓、箭(矢)…弓矢宝弓は対になっていて、弓は高徳を得、箭は良き友に巡り会える力があります。また仏の教えを邪魔するものを排除します。
  • 刀…自分の中の煩悩を払う力があります。
  • さく…馬上で用いる矛のことであり、煩悩を滅ぼすための武器です。
  • 斧…煩悩を断ち切る力があります。
  • 鉄輪…仏の教えの広がりを表します。
  • 長杵…きねの形をした古代インドの武器で、煩悩を打ち払う武器です。
  • 羂索…「羂」はわなという意味で、縄状の形をしています。衆生救済の象徴とされ、苦しむ人を救い、煩悩を縛りあげる力があります。

色々な本や資料で調べてみたのですが、明確に書かれている文献はありませんでした。ですが、こうして見ると、煩悩を打ち払う武器ばかりなことは、確かなようです。いかに煩悩が自分の成長の敵となるかが分かります。実際、僕も、コラムを書こうと思って調べ物をしていたはずが、睡魔に負けてしまったり、美味しいおやつが食べたくなったりと煩悩に負けてばかりです。弁財天の武器が一つでもあれば、僕も煩悩に勝てたりするのでしょうか。

睡魔に負けそうになる僕

さて、前回の公演「結ひ」の第一部の江島神社の妙音弁財天は2本の手に琵琶を持つ姿でしたが、第二部の厳島の弁財天と第三部の竹生島の弁財天が、8本の手がある八臂姿の弁財天です。そして、竹生島の弁財天は、斧の羂索の代わりに、鍵と宝珠を持っています。これは、福徳や財宝の神としての意味合いが強まったからと思われます。

僕はこの公演をきっかけに弁財天について調べ始めたのですが、なぜ様々な姿の弁財天がおられるのか不思議でした。そして、お寺に祀られていたり、神社に祀られていたりすることも不思議でした。そしてそれは、仏教伝来以来、外国由来の仏教が日本に浸透する過程で、日本古来の神道と融合していったことの表れだったことが分かりました。もともとは仏教を守護する神様だった弁財天が、日本の神様と習合していったことは1本目のコラムでもお伝えしていた通りです。日本三大弁天も、そのうちの2つは、寺と神社がセットの宝厳寺・竹生島神社(滋賀県・竹生島)、大願寺・厳島神社 (広島県・厳島)のものですし、残りの1つがある現在の江島神社(神奈川県・江ノ島)内にも、明治初年に神仏分離令が出されるまでは金亀山与願寺というお寺がありました。
しかし、竹生島と厳島の弁財天はそれぞれのお寺で祀られており、江島神社のご神体は弁財天ではなく、奥津宮の多紀理比賣命たぎりひめのみこと、中津宮の市寸島比賣命いちきしまひめのみこと、辺津宮の田寸津比賣命たぎつひめのみことであることを見ると、姿形の変遷はあろうとも、やはり弁財天は仏教由来の神様だということに気づかされます。

僕はけっして仏教に詳しい訳ではないので、弁財天についてもぼんやりとしたイメージしか持っていませんでした。しかし、このコラムを書くにあたって色々と調べていくうちに、仏教の神様としての、そして日本で様々な形で受け入れられてきた弁財天の魅力に気づかされています。そして弁財天にそんな様々な魅力があったからこそ、多くの芸能にも取り入れられていったのだと思います。いずれ、そのことについてもコラムを書いてみたいと思うのでした。

ペコ丸(代筆:平山聡子)

弁財天② 江島縁起と弁財天
弁財天④ 厳島の弁財天

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