メニューの終端です。

過去のコラム | ペコ丸の古典芸能よもやま話

ごあいさつ

この度、コラムを担当させていただくことになりましたチワワのペコ丸と申します。

僕の飼い主は、普段は芸術大学で働いている、舞台を観ることが好きな観客の一人です。

続きを読む

コラム①「祇園精舎」

こんにちは。日本の伝統芸能に興味を持っているチワワのペコ丸です。今日は「祇園精舎」についてお話したいと思います。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常しょぎょうむじょうの響きあり。沙羅双樹さらそうじゅの花の色、盛者必衰じょうしゃひっすいことわりをあらわす。」誰でも一度は聞いたことがある「平家物語へいけものがたり」の始まりの一節です。

続きを読む

コラム②「平清盛について」

こんにちは。ペコ丸です。

今回は、源平芸能絵巻「赤と白と~時代を彩った其々の人間模様~」に因み、『平家物語』の主要人物である平清盛について紹介したいと思います。

平清盛は『平家物語』の「祇園精舎」の段で、「六波羅ろくはらの入道、前太政大臣さきのだじょうだいじん平朝臣清盛公たいらのあそんきよもりこうと申しし人」と、紹介されています。

続きを読む

コラム③「敦盛を探せ」

こんにちは。ペコ丸です。皆さんは「あつもり」と言われたら何を思い浮かべますか?「敦盛」を思い浮かべたら、あなたは織田信長好きか、日本の歴史好きか、古典芸能好きです。

敦盛こと「平敦盛」は平家物語の一ノ谷合戦の場面で出てくる登場人物の一人なのですが、試しにインターネットの検索エンジンで「敦盛」と入力してみたところ、「敦盛 ほかの島に行く方法」「敦盛 泳ぐには」などが検索候補のワードにあがってきました(2020年9月現在)。

続きを読む

コラム④旅コラムー《須磨の嵐》編ー

こんにちは。チワワのペコ丸です。ここから源平合戦の舞台となった場所を、旅してみたいと思います。今回は、箏曲《須磨の嵐》の舞台となった兵庫県須磨市を、当時の合戦の様子を振り返りながら巡ってみました。

寿永3年(1184)2月7日に摂津国福原および須磨で源平合戦が行われました。俗に言う「一ノ谷の戦い」です。
下の写真は、須磨浦公園の展望台から見た一ノ谷です。今を去ること約800年前、眼下のこの平地に陣を構えていた平家に対し、義経が世にも名高い奇襲「鵯越の逆落とし(ひよどりごえのさかおとし)」を敢行しました。

続きを読む

コラム⑤旅コラムー《那須の語り》編ー

こんにちは。チワワのペコ丸です。僕は今、「源平芸能絵巻「赤と白と」~時代を彩った其々の人間模様~」に登場する人物が戦い、歴史に痕を残した場所を巡り、旅をしています。

今回は香川県高松市屋島(やしま)に来ました。屋島と言えば屋島合戦の舞台であり、那須与一(なすのよいち)が登場する『平家物語』「扇の的(おうぎのまと)」の場面で非常に有名です。

続きを読む

コラム⑥「扇の赤と白と」

こんにちは。ペコ丸です。前回に引き続き《那須の語り》について書いてみようと思います。

今回、取り上げたいのは、射矢の的となった扇についてです。皆さんも、この場面を描いた絵画などで的の扇を目にしたこともあるかと思いますが、『平家物語』の「那須与一」に出てくる扇は「みな紅の扇の日(日輪にちりん・太陽)いだしたる」と表現されています。太陽をデザインした、つまり、「日の丸」だったわけです。僕はこの時代に、既に扇のデザインが日の丸であったことに興味を持ちました。ただ、この記述では、扇の地の色は紅(赤)色だったことが分かりますが、扇の太陽の部分を何色で表現していたかは分かりません。

続きを読む

コラム⑦旅コラム-《橋弁慶》編-

京の五条の橋の上 大のおとこの弁慶は 長い薙刀(なぎなた)ふりあげて 牛若めがけて切りかかる
牛若丸は飛び退()いて 持った扇を投げつけて 来い来い来いと欄干(らんかん)の 上へあがって手を叩く 前やうしろや左右 ここと思えば またあちら 燕のような早業(はやわざ)に 鬼の弁慶あやまった

こんにちは。ペコ丸です。すっかり寒くなりましたが、皆さんいかがお過ごしですか。南国メキシコ産の僕には京都の底冷えは大変厳しく、服を着ないと風邪をひいてしまいます。
さて、僕は、今日は京都の五条大橋に来ています。後ろにあるのは弁慶と牛若丸の像です。冒頭にあげた橋弁慶の舞台として有名ですが、実は、当時の五条大橋は、現在の松原橋とされています。

続きを読む

コラム⑧旅コラム-《船弁慶》編-

明けましておめでとうございます。ペコ丸です。いよいよ公演も直前になってきました。
今回は、いよいよ平家終焉の地、壇ノ浦までやってきました。京都から出発しましたが、とても、遠かったです。

今回のコラムのタイトルに挙げている《船弁慶》の本来の舞台は、壇ノ浦ではなく、摂津(兵庫県尼崎市)にある大物浦です。物語では、頼朝に疑惑を持たれ、鎌倉方から追われる身となった義経は、弁慶らとともに西国へ逃れようと、摂津の国の大物浦へ到着します。

続きを読む

プロフィール

平山聡子
奈良教育大学大学院 音楽研究専攻課程修了
大学院修了後、大阪の公立幼稚園の教諭を経て、京都芸術大学勤務。舞台活動も行っており、若手邦楽家や能楽師・狂言師らと共に、伝統芸能の可能性を探る活動を行ってきた「京都創生座」では、脚本を担当。初音ミクとのコラボや、ロシア公演を行うなど積極的に活動を展開してきた。
現在はライフワークとして子ども向けミュージカルを創作し、歌い手として、小学校などで公演を行っている。

ペコ丸
旅と古典芸能が大好きな、チワワの男の子。

ページの先頭へ